過去の災害から学び、語り継ぐことを考える・1月13日 三河地震

地震

隠された地震

1945年(昭和20年)1月13日 三河地震(愛知県南部)

1月13日は、1945(昭和20)年午前3時に内陸直下型の三河地震が発生した日です。死者は2,306人に達しました。その37日前の、1944(昭和19)年12月7日には東南海地震があり、授業・勤務時間帯に重なったこともあり、学校や工場等を中心に死者1,223人の被害が発生しました。

出典 過去の災害に学ぶ

隠された地震

 1944年東南海地震からわずか37日後に、1945年三河地震が発生した。「南海トラフの巨大地震発生前後に内陸に大地震が起こる可能性が高い」と言われる典型的な例である。これら二つの地震は、日本の敗戦が色濃くなった戦時下に起こり、軍需工場が集中する東海地方に大きな打撃を与えた。当時、報道管制下にあり、地震の報道は極力抑えられ、「隠された地震」とも言われている。

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出典 過去の災害に学ぶ

「地震を被る側」の事情

1944年東南海地震からわずか37日後に、1945年三河地震が発生した。「南海トラフの巨大地震発生前後に内陸に大地震が起こる可能性が高い」と言われる典型的な例である。
出典 過去の災害に学ぶ

出典 過去の災害に学ぶ 東南海地震津波で大きな被害を受けた尾鷲市街地のようす
(東京大学地震研究所元教授・故宮村攝三氏撮影)

「地震を被る側」の事情

地震被害の大小は地震そのものの大きさだけではきまらず、地震が起こった場所の人口密度、地震発生時刻、地震が起きたときの社会情勢など「地震を被る側」の事情に強く左右されます。三河地震は「地震被害を拡大する要因」を考える上で重要な教訓を残しました。
出典 災害史に学ぶ|1945三河地震

まとめにかえて

 被災された方たちが「こんなことは今までなかった」「生まれて初めてのことだ」と話されるのを聞くことがあります。
災害を自分で経験することは稀な場合が多いです。災害の経験は語り継がれることにより、教訓として活かされます。

大きな災害であっても、その時の社会の状況や時間の経過により経験が語り継がれなければ、風化して行ってしまいます。
防災に取り組む上で設備や物資などのハードだけでなく、口伝で語り継がれるソフトも有益な備えとなります。

教訓を未来に伝える災害遺構

災害遺構とは、過去に災害で被害にあった人達が、その災害からの教訓を将来に残したいと意図して残された(保存活動が行われてきた)構築物、自然物、記録、活動、情報等です。
出典 TEAM防災ジャパン