避難

火山

”復興”、命を守る行動と行政、地域、被災者の協力について考えてみる・8月4日(天明3年7月7日)浅間山・天明大噴火

1783年8月4日、浅間山で発生した天明大噴火は、関東平野一帯に甚大な被害をもたらしました。噴煙は成層圏にまで達し、江戸でも降灰が確認されるほどの規模でした。特に鎌原村は溶岩流と火砕流により壊滅的な被害を受けましたが、村人たちはその後の困難を乗り越え、村を再建することに成功しました。この歴史的な復興の物語は、防災の命を守る行動が先ず必要であることを示しています。
火山

迅速な避難のための心がけを考えてみる・3月31日~ 有珠山噴火

2000年3月31日に発生した有珠山噴火では、約15,815人が避難対象となりましたが、事前の避難が功を奏し、人的被害はありませんでした。噴火や大規模災害時には、一刻も早い避難が生死を分けることがあります。本記事では、有珠山噴火の事例をもとに、迅速な避難の重要性や、日頃の備えについて考えます。
大雨

”避難”することと”逃げる”こと・6月8日~15日 梅雨前線による大雨

災害時に命を守るために欠かせない「避難」。しかし実際には、水が迫っていても避難に踏み切れない人が多くいます。1962年6月、梅雨前線による大雨で兵庫県を中心に発生した水害を振り返りながら、「避難」と「逃げる」の違い、そして私たちが取るべき行動について考えます。
地震

地震があったら洪水にも警戒が必要・6月8日(安政5年4月26日) 安政5年4月洪水

1858年6月8日、富山県の常願寺川で発生した大洪水は、数カ月前の大地震によって引き起こされたものでした。地震による山崩れが川をせき止め、その後の地震で堰が決壊し、土石流と洪水が人々を襲ったのです。この記事では、当時の被害の実態や教訓を振り返り、災害への備えの重要性を考えます。
地震

地震があったら津波からの避難も忘れずに・6月15日 明治三陸地震

1896年6月15日に発生した明治三陸地震では、揺れによる被害はなかったものの、約30分後に襲来した大津波により多数の命が奪われました。地震の直後は、たとえ揺れが小さくても津波の可能性を意識し、迅速に避難することが生死を分ける重要な行動となります。この歴史的災害の教訓を改めて振り返り、命を守るために私たちができる備えを考えましょう。
台風

大雨の時にどう逃げるかを考えておく・9月23日(安政3年8月25日)安政の台風

1856年9月23日、安政の台風が江戸を襲い、暴風や高潮、火災により約10万人が犠牲となりました。この台風は日本の風水害史上最も甚大な被害をもたらしました。今、私たちが知っておくべきは、こうした災害に対する適切な避難方法です。大雨や台風の際に自分と家族を守るためには、事前に避難先や行動を考え、適切な準備を整えることが不可欠です。
互助

スムーズな災害対応、「自助」「共助」「公助」について考えてみる・11月22日 長野県神城断層地震

2014年に発生した長野県神城断層地震では、迅速な救助活動が行われ、負傷者は出たものの死者はありませんでした。この地震で注目されたのが、住民同士の「共助」によるスムーズな災害対応です。山間部の集落でも孤立することなく、早期の安否確認が可能だったことで、行政や公的機関は「公助」に集中でき、全体的な対応が円滑に進みました。この記事では、「自助」「共助」「公助」という災害時の重要な3つの支えについて、その役割と重要性を考えます。
地震

「避難勧告」から「避難指示」に、避難について考えてみる・11月15日 千島列島沖地震

2006年、千島列島沖で発生した大規模地震(M7.9)により、日本沿岸には津波警報や注意報が発表されました。多くの地域で津波が観測されましたが、実際の被害は予測を下回り、避難者数も少ない結果に。こうした中で避難勧告の意義や課題が浮き彫りになり、さらに2021年には「避難勧告」が廃止され「避難指示」に統一される法改正も行われました。本記事では、過去の事例をもとに避難情報の意義や新たな避難ルールについて考えます。
火山

噴火からの円滑な避難、火山ハザードマップと避難防災を考えてみる・7月15日 磐梯山大噴火

1888年(明治21年)、磐梯山で起こった大噴火は、我々に火山噴火のリスクと避難の重要性を教えてくれる出来事でした。火山災害への備えは、火山ハザードマップを活用し円滑な避難計画を立てることから始まります。火山噴火におけるリスクと避難行動を知り、それに備えることが避難へのカギです。火山噴火に対する適切な知識と準備が、災害時の生存率を大きく左右します。
地震

稲むらの火と津波対策、津波が起きたらてんでんに避難する・12月24日(安政元年11月5日) 安政南海地震

1854年12月24日に発生した安政南海地震では、巨大津波が和歌山県広村(現:広川町)を襲い、多くの命が危険にさらされました。このとき、村の郷士・浜口梧陵は収穫した稲を燃やして村人を高台に誘導し、多くの命を救いました。この「稲むらの火」の逸話は、津波対策や災害時の迅速な判断の重要性を伝える象徴的なエピソードとして知られています。現代でも、津波防災や復興への意識を高める取り組みが行われており、未来を担う世代にその教訓が受け継がれています。
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