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大雨

1953年(昭和28年)8月15日 南山城豪雨

前線が近畿地方に停滞し、京都府南部を中心に雷を伴う豪雨となり、和束町(当時)では1時間100mm、総雨量400mm以上に達する記録的な大雨となりました。

出典 京都府ホームページ *京都府砂防協会発行「京都府の昭和28年災害」から引用
山城の災害記録(昭和28年)/京都府ホームページ

 

ゲリラ豪雨のイラスト(自然災害)

集中豪雨

この雨は極めて局地的で、20km離れた京都市内では降雨量が65mmに過ぎず、この豪雨について報じた新聞の見出しから、「集中豪雨」という呼称が起こったとされています。
引用:ヤフー/災害カレンダー

復興活動
8月の水害では、当時は珍しかったブルドーザーやクレーン車が使用され、各河川の応急工事が進んだ。8月15日未明には災害救助法の適用が決定され、同時に救援活動、応急復旧作業16日には、交通が遮断された和束町や南山城村、童仙房地区へはアメリカ海兵隊のヘリコプターによる救援物資の運搬も実施されました。野殿区から、被害の甚大であった童仙房の牛馬地区へ救援物資が運ばれた。 野殿区には、水害発生からの復旧活動の日誌が残っており、区民が復旧活動を行ったことが記されている。9月には奈良線・関西本線の運転が再開された。玉水駅のホームには、玉川から流れ着いた巨石が記念に残っている。 。

引用: ウィキペディア/南山城水
玉水駅ホームの、玉川から流れ着いた巨石

出典: ウィキペディア/玉水駅

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